この本は人文書院から昭和35年2月15日に初版(訳者代表呉茂一)が発行され、昭和45年4月25日に重版されている。昭和45年と言えば70年安保の年であり、つまり、60年安保から10年を経て、ギリシャ悲劇全集は再版された。ボクはこの重版を買ったのであるが、いま、もう一度読み返してみようと思い立ち、奥付を見て、初版が何部刷られたかやぶさかではないが、少なくとも日本人はギリシア悲劇をほとんど読んでいなかったんだ、65歳になって、ボクはこんな他愛ないことではあるが、苦笑せざるを得なかった。
この第1巻はギリシア悲劇の丁寧な解説と、アイスキュロスの作品7篇が収録されている。彼は90篇近い作品を書いたと言われているが、現在は7篇だけが残されている。紀元前524年に生まれ456年から455年の間に逝去している。彼の作品を読むということは、同時にまた、おおよそ2500年前のギリシアにおける人間の感情や思想に触れる行為だろう。そして虚心に耳を傾ければ、人間の普遍性、噛み砕いて言えば、人間って余り進化していないな、いや、待て、神々が没落して、むしろ退化したのではないか、そういう思いに捉えられなくもないだろう。若いときに訪れたアテネのディオニュソス劇場がボクの眼前に浮かんでくる。
ギリシア悲劇の頂点をなすアイスキュロスのオレステイア三部作を読むと、おおまかに言えば、ふたつの流れを覚えなくもないだろう。
第一の流れ。国家間の戦争(所謂トロイア戦争)。出征による王の不在。王の妻の不倫。戦争に勝利した王の帰還。妻による王(夫)の殺害。妻とその愛人による権力の掌握。利権を奪われた息子たちの復讐。母親殺し。息子たちの権力の確立。すなわち、血族を超えた国家における正義と法の発見物語。
第2の流れ。古い権力(古い神々)と新しい権力(新しい神々)との闘争。新権力の確立(新しい神々が古い神々を取り込んでしまう)。新権力とその法の下での国家の形成。アイスキュロスも言っているように、新権力(新しい神々)は古い権力(古い神々)を破壊しないで、むしろ味方にして、新国家を安定させる。言い換えれば古い神々を利用して新しい神々の世界を強固なものにするのだった。時には古い神々を批判したとして、新しい神々は彼等の反対勢力を弾圧するであろう。もちろん、権力は民衆の生産物を収奪することによって成立するのだろうが、古い神々の考え方や感じ方に慣れ親しんだ民衆からたやすく収奪するためには、古い神々の考え方や感じ方を権力は常に利用するだろう。
言いたいことは山ほどある。が、とりあえずこのふたつの流れを指摘したのだった。
コメント
この記事へのトラックバックはありません。
この記事へのコメントはありません。