世界の詩集第三巻「ハイネ詩集」

 この詩集はボクのワイフが十九歳の時に読んだ一冊である。彼女がこの世を去ってから、ボクは彼女の遺品となった書物を折に触れ、読んでいる。特に、まだボクラが一緒に生活をしていなかった十代から二十代の初め頃に彼女が読んでいた本を中心に。

 世界の詩集第三巻「ハイネ詩集」 井上正蔵訳 角川書店 昭和42年2月10日初版

 ハイネに関して言えば、ボクはまったく無知である。カール・マルクスと親交があったこと、ドイツ古典哲学の批判者であること、まあそれくらいが落ちである。このたび、ワイフが十九歳の時に買ったこの詩集を読んだ。訳者は解説でハイネを「愛と革命の詩人」として紹介している。全篇を読んだ限り、確かに首肯できる。だが、訳者も指摘しているとおり、恋愛詩が多いからといって、ハイネはそんなに単純な詩人ではない。一筋縄ではいかない。

 ハイネは四十七歳の時に、「ドイツ 冬物語」を発表している。第六章の「パガニーニには」と第七章の「宿へかえって」が訳出されているが、とても不思議な作品である。近代の二重人格を主題にした作品では比較的早い時期に書かれたものであり、この二重人格の主題と革命思想を根底で結合させて描いたのは、おそらくハイネただひとりではないだろうか。

 五十一歳の五月から脊髄炎で、死に至るまで病床を住まいとして、驚くべき作品を書き続けている。五十四歳の時に発表した詩集「ロマンツェーロ」の中の一篇、「夜の舟行」は、無気味な詩である。舟に乗るときは三人であるが、下りる時は二人になっている。舟行の途上、闇の中で、狂信的な熱にうかされた殺人が。同乗した美女をこの世の汚れから救済するために彼女の男を処刑する、救世主を自称する狂った男。いつのまにか、読者自身が悪夢を見ているようなおぞましい舟行。

 死の二、三週間前には、「受難の花」という詩を書いている。夏の夜の夢の中で、石棺に横たわって死者に変身して死後の世界から現在を見つめ、石棺のそばに立って寄りそう「受難の花」を愛し、歓喜し、言葉のない愛を語りあう。しかし常にこの「受難の花」を破壊する人間の争いがやってくる。石棺に横たわった死者が人間の絶えることない狂乱の未来を予言している。この詩は「最後の詩集」に収録されて死後出版された。

 一八五六年二月二十日、ハイネ死去。五十八歳。

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