ボクはわけあって今年の一月から所謂「原爆文学」を中心の読書生活をしているが、ごく最近のこと、井上光晴の「地の群れ」と小田実の「HIROSHIMA」の読書感想文めいたものを「芦屋芸術」のブログに書き終わった時、突然、この本がボクのてのひらに置かれていた。
「戦後思想の修辞学ー谷川雁と小田実を中心に」 北野辰一著 アーツアンドクラフツ 2019年9月15日第1版第1刷
この本は、書名から推理される谷川雁や小田実の所謂「評論集」ではなく、そういう意味での著者の自己主張めいたものはほとんど書かれていない。著者は厖大な資料を選択し駆使するいわば脚本家として本書を構成する。ざっと登場人物を俯瞰してみよう。
まず、敗戦後もっとも注目された詩誌「荒地」のリーダー的存在だった鮎川信夫が登場して、口上を述べ、谷川雁と保田與重郎の心的因縁からこの物語は始まる。そして、戦前の世界から、保田與重郎、津村信夫、丸山薫たちがやって来る。
やがて、敗戦の焼跡に谷川雁と小田実が立ち尽くしている。背後から、さまざまな作家が浮かび上がり、戦後の新しい物語を織っていく。中村真一郎、井上光晴、中上健次、鶴見俊輔たちが。
おそらく読後、読者は極めて透明度の高い硬質な作家たちが織りなす物語の宇宙から我が家に帰還した心地がするだろう。著者の鋭い選択眼にかなった作家たちと彼等が残した厖大な資料によって構成された戦後一九八〇年までの弁証法的世界、矛盾的自己同一の昭和史であり、また、著者によって日本で初めて試みられた、すぐれた作家たちが演じる特異な「思想劇」だと言っていい。
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