ヴェデキントの「春のめざめ」再読

 一九〇八年四月といえば確かトロツキーはウィーンに亡命している時だったと記憶しているが、その折、彼は「作家フランク・ヴェデキント」という一文を草している。この文は、「文学と革命 第Ⅱ部」(内村剛介訳、現代思潮社)の175~202頁に掲載されている。この文を読んだ機縁で、私はずいぶん昔に読んでほとんど忘却の彼方に消えていた戯曲を再読した。

 「春のめざめ」 ヴェデキント作 野上豊一郎訳 岩波文庫 昭和12年7月5日改訳第5版

 余談であるが、この本の巻末に昭和十二年十一月十七日に購入とペンで記載されていて、その頁の上欄余白には一九五六年十一月十五日と鉛筆で書き込みがあった。大阪梅田の阪神地下街にある「萬字屋書店」という古書店でこの本を買ったのだが、少なくとも私はこの本を購入した三人目の客だった。

 さて、戯曲「春のめざめ」は一八九〇年に完成していたが、初演はその十六年後、一九〇六年だった。当時、自然主義文学隆盛の折柄、こうした主観主義的・表現主義的傾向の作品はまったく相手にされなかったのだろう。二十世紀初頭、ヨーロッパの都市、例えばウィーンやパリがいよいよ爛熟し始めて、従来の紳士・淑女的厳格なモラルが崩れだし、そういう状況下、青少年の性衝動を前面に描いたこの作品も理解され評価されたのだろうか。そういえば、フロイトの「夢判断」は一九〇〇年に出版されたが初版六百部を完売するのに八年を要した。作風として、ヴェデキントとフロイトには通底するものがあるのではないか。それはすなわち、社会生活では良識のある顔や姿を見せてはいるが、裏側では、抑圧された無意識の底に蠢く性衝動の動力学が!

 この当時の最新の文学、例えばオクタブ・ミルボー、「シムプリチシムス」に寄稿する作家群、メーテルリンク、もちろんヴェデキントも含めて彼等の芸術に対する概論として、トロツキーはわかりやすくこう言っている。

 この芸術なるものは、インテリゲンチャという媒体を通して、歪められた大都会の最新の文化をもっともよく表わした生産物なのかもしれない(「文学と革命 第Ⅱ部」181頁)

 また、トロツキーは「春のめざめ」の読書感想文をこのようにしたためている。少し長くなってしまうが、引用しておこう。

 彼は、その初期の作品の一つ「春のめざめ」になかで、はじめての、おずおずとした性の衝動を待ち受けている。この場合には、すべてが感動であり、自分で自分をどうしようもなく、自分で自分をどうしようもないままに、すべてが素晴しい。なぜなら、可能性にみちているから。モーリツの自殺や、ヴェンドラの殺人のような悲劇でさえもが、春がやって来たのだという共通の感動を打ちこわしはしない。なぜなら、これら悲劇は、愚劣な学校や錆ついた輪でできた二重の鎖に呪われた不具の家庭が惹き起した外面的不幸のように思われるからである。「春のめざめ」を上演するとは、いったい何という唯美主義の聖物冒瀆であろうか。舞台では、きれいに顔を剃った中年の紳士諸君が、声変りの時期の子供の声を真似しなければならないのだ。(「文学と革命」194頁)

 ここから先は、ヴェデキントの「地霊」と「パンドラの箱」、所謂「ルル二部作」の読書感想文を書きながら言及することにする。そうだ、老体に鞭打って、夜も寝ずに昼寝して、焼酎をあおりながら読書して私は懸命に文章を書き続けよう、私のブログにできるだけ早くヴェデキントを再登場させるために、その日のために。

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