ラクロの「危険な関係」

 新年が来た。私の年頭の読書体験は、これだ。

 「危険な関係」上巻 新潮文庫 平成元年九月二十日十刷

  同上    下巻 新潮文庫 平成元年九月二十日七刷

  (ラクロ著 新庄嘉章、窪田般彌訳) 

 この本は、かつて亡妻悦子が買って読んでいたものだった。彼女は長編小説が好きで、読書家だった。先日、私はひょんなことで宮本輝の書簡体小説「錦繍」を読んだ際、ゲーテの「若きウェルテルの悩み」やヘルダーリンの「ヒュペーリオン」などは既に読んでいるが、その前後に発表された同じ書簡体小説で未読の代表作も読んでおこう、そういう次第で本棚を探した。

 昔の私ならこの本は読まなかった。だが、妻を失ってから七年余り、今まで知らなかったさまざまな男女関係を耳にして、このたび開いた書簡体の恋愛心理小説も、おもしろくて最後まで読ませていただいた。

 もともと軍人である著者は、さながら軍事作戦や戦場報告を語るかのごとく、百七十五通の書簡の中で、極めて緻密に、貴族たちの退廃した男女関係を描くのだった。余談になるが、この作品は一七八二年に発表され、一七八九年七月十四日から始まった封建的な身分制度を破壊したフランス革命の前夜を彩るにふさわしい作品だった。

 この作品の最終行は、こうなっている。ヴォランジュ夫人の意味深長な言葉だった。

 「わたくしはいま、不幸を防ぐにさえ足りぬ人間の理性は、不幸を慰めるにはなおさら足りぬことを、身にしみて感じております。」(本書下巻320~321頁)

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