虫の息

 あの女は巨大だった。私は毎晩、彼女の手のひらの上で寝ていた。

 だが、状況が徐々にわかってきた。決してあの女が巨大なのではなかった。姿見に映った私はゴキブリだった。彼女はゴキブリが怖くて、嫌悪していた。明るい台所で私を見かけると、恐怖の余り、キャー! 叫び声をあげるのだった。新聞紙を丸めて、私を叩き殺そうとした。かろうじて冷蔵庫の裏側へ私は逃げた。必死だった。

 だから、深夜、あの女が熟睡するのを待った。私は忍び寄り、彼女の手のひらをベッドにするのだった。やわらかい親指の根元に吸い付き、夢中で体液をすすり続けた。顎まで体液で濡らして、恍惚とした。このまま彼女の手の上で死んでもいい、もうすっかり握りつぶしてほしい。今度生まれたらきっとニンゲンになって、ゴキブリだったすべての過去を忘れ、あの女とひとつになるまで愛しあいたい、そう思った。

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