A
会議室は
明かりが消えていたので
頭の上から懐中電灯を照らし
順次 めくっていると
頭骨もはずれて
激論の末 灰皿が飛んでいた
B
鼻を
どっさり積み込んで
血みどろになった自動車がよろめいている
重いのだろう
助手席や後部座席だけではなく
運転席にも トランクにも
たくさん鼻がうごめいて
ひしめいている
鼻毛が ぼうぼうざわめいているのが
フロントガラスから見えている
自動車は
ずいぶんよろめいている
きっと重いのだろう
数えきれない鼻がよってたかって
はしゃぎまわり
鼻歌交じりに
運転している
ついさっき
鼻から
左耳まで開通した
右眼経由前頭葉周遊トンネルを
血と鼻毛をまき散らして
C
毎年、会員の中から十名の理事が選ばれる。彼等の特徴は 白と黒とで縞模様になった袋状の膜に全身が包まれている特殊な構造にある。
四月の総会が始まると、車座になった会員が息を殺して見守る中、理事たちはピクピク痙攣して、互いの膜を撫でたり揉んだり擦ったりする。ネチャネチャ吸い付きあい、抱きしめあって結合し、一個の巨大な縞模様の塊になって見得を切ると、車座になった会員たちから讃嘆と激賞の声が湧き上がりやんやの喝采を浴びる。だがネチャネチャする余り、ついにはさまざまな部位が破裂して、破れ目から<学会の諸問題>が噴き出した。
D
取調室では
既に被疑者を縛りあげ
親指を切り落として
調査官は その指で白紙に指印を押した
一瞬 無言が来たが
やおら 木刀で叩きのめした結果
椅子まで大破した
E
彼は 姿見の前に立った
右足に靴を履き
左足にはトイレのスリッパを履いていた
F
記者会見の時刻が迫った
患者の鼻腔をピンセットでほじくりかえし
ネジをゆるめていると
顔面が剥がれ落ちて
左耳にぶらさがり
裏側の袋には
けさ食べた粥や味噌汁が詰まっている
頭髪をつかんで引きずりながら
教授は四囲をねめまわし
あわてるなと研修生をたしなめて
液汁の袋に
じっと聴診器をあてている
やがてにっこり頷いて
扉に向かって合図を送ると
見せろ見せろと騒ぎ出し
我勝ちに記者団がなだれこんだ
G
既に研修生は土間に並んでいた
頭をはずして 風呂敷に包み
上がり框に向かって敬礼して
各自 足を洗い出した
H
ここで 角度の一考察をしておかなければならない
すなわち
球体の辺境を
星星は転回する
よって 東の夜空の星星が 四十五度
西に向かって傾斜する時
頭もまた胴体と
首すじを接線にして
四十五度 傾いている
I
確かに 頭には水がたまっていた 時間の序列から記述すれば まず朝焼けが浮かび 真昼の足跡を浮かべ 夕映えが浮かび 星月夜が輝く だが患者が睡眠中の未明 耳からも鼻からも口からも金属ブラシを突っ込み ゴシリ・ゴシリ回転させる すると星月夜が浮かんでいた水が頭の中で逆回転する すなわち時間の序列が逆回転するのだ 逆回転して終に ふたたび頭の水に朝焼けが浮かんでいる 今朝は金魚が泳いでいた
J
ズボンが走り去った
腰から下が透明になった
K
足の裏が光りだした
振り返れば 畳表に残された
足跡まで光っている
発光体だ!
あわてて
床の間に靴を置き
茶箪笥に靴下を放り投げ
流し台にのせ タワシで丹念に
足の裏を洗いつづけた
L
階段は上るためにあるのだろうか、墜ちるためにあるのだろうか。一日の仕事を終えて、夕暮れが夜へと移行する時間帯が来れば、私はこんな他愛ない矛盾に苦しむのだった、ひっくり返されたカブトムシみたいに、手足を天井に向かってばたつかせて。
あるいはこうも考えてみた。もしも階段が存在しないとすれば、そうとすれば誰も永遠に転落しないだろうと。
人間は二本足であるという痛みを私は充分知っていた、自分の足だけで自分を支えなければならないという痛みとその悲しみを。
諸君。もう仮説でふざけるのは止そう。木星は木星から足を踏み外しては火星ないし土星と衝突し、両者ともに破滅するであろう。だから我々はあらゆる仮説を捨てなければならない。
もうそろそろ目を覚ましてほしい。木星は木星、二本足は二本足。階段がなければ、誰も転落しない。痛みとほんとうの喜びを知るとは、このことだ。
M
二本足で
他の天体に住み替える
頭をはずし おもむろに振れば
首の穴から舞い散る 地球の悲惨な歴史
蛇だねえ
昔は 蛇のように狡猾だったねえ
翌日 他のすべての天体は
二本足を切断した
切断して
地球へ追放した
N
狂人と言われて 五十年 今夜も足を洗っていた
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