薄暗い長い橋を渡って、この料亭で酒を飲み、支払いの段になってから、会議があったホテルのロッカーに上着をかけっぱなしだったのを彼は思い出した。上着の内ポケットに財布が入っているのだ。店に事情を説明して、灯りに浮かんだ階段を駆け下り、あわてて門を飛び出した。
深夜の町を彼は急ぎ足で歩いていた。橋までどれくらいあるのだろう。この方向で間違いはないのだろうか。そればかりか、あの暗い長い橋を渡り、ホテルのロッカーから上着を取り出して、ふたたび料亭まで帰らなければならない。ほとんど駆け足に近い状態になっていたが、いつまでたっても眼前には橋は見えず、彼の頭は混乱してきた。
いや。待て。落ち着いて思い出せ。ホテルでいったいなんの会議があったというのだ。確かに十人前後の男が参加していた記憶は残っているが、顔見知りは一人もいなかったじゃないか。冗談じゃアない。これってまったく理不尽な話ではないか。一体全体この町には街灯に照らし出されたコンクリート造の道路だけがあって建物はどこにも見当たらない。だったら、そもそもあの料亭はどこにあるというんだろう。誰か教えてくれ。俺はどこからどこへ行かなければならないんだ、彼の脳裏にそんな言葉が駆け巡っていた。
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