地球担当者の悲哀

 地球担当課の担当者は困惑していた。いまさら廃墟と化してボロボロになってしまったこの惑星の調査命令を出すなんて、いったい本部は何を期待しているのだろうか。

 しかもこの惑星上の歪んだミミズ状の小さな島という特殊エリアだけを徹底して調査するなんて。惑星の中で最も危険な場所だ。それを承知の上での調査命令ならば、ほとんど狂っている。本部とは得体のしれない深淵の領域なのだろうか。何が堆積してこれほどまで巨大に構成されてきたのか。数光年の歳月を閲して成立した本部自身は既に末端の我々には諒解不能に陥っている、いわば漆黒の領域だ、本部を想像するにつけ彼はついそんなふうに結論するのだった。

 まあいい。彼はため息をついた。末端の担当者にしてみれば、この状況を変えるすべはない。もし命令に背くならば、この危険な小さい島で生涯を送る羽目になるか、あるいは、二六光年先の三大ゴミ捨て場の第一レベルになっている織姫星に隔離されるだけだった。俺は彦星No.X20になって、織姫星へ強制収容される、二度と出獄する可能性を絶たれて……。

 もう一度言う、この島は危険な場所だ。確かに小さな島ではあるが、この惑星、かつて地球と呼ばれていたらしいが、その中で一番汚染されている通称「猿ヶ島」。惑星に生息していたもっとも高級だと言われている生命体、それはニンゲンと分類されているが、彼等から猿ヶ島と名付けられていたらしい。けれども、そこの原住民は猿ではなく、実際には同じニンゲンだったのだが。

 ずいぶん昔、おそらく二億年前後さかのぼる情報を紐解いてみれば、この惑星、つまり地球上で最大級の核汚染された地域が、猿ヶ島だった。地球全体の面積比からすればまったく取るに足らないミミズ状の猿の檻に過ぎないのではあるが、地球上最も密集して核物質が集積されていたのであろう。もちろん、スサマジイ生存競争に敗れすべての文化形成物は破壊されてしまった。その中には、核物質集積関連の施設がごまんとあった。従って、彼は担当者として本部に、ここの住民の定義をまず「核奴隷」として報告した。いまだ誰の奴隷であったかは判然としないが、どこかのニンゲンが猿ヶ島に居住するニンゲンを奴隷化したに違いない。あいつらはニンゲンではない、猿だ、そう宣伝したに違いあるまい。余談になるが、猿ヶ島に住む原住民も洗脳されて、自分たちは猿だ、そう認識していたに違いない。また、そう認識しておく方が、ニンゲンとしての責任を放棄できるのだった。ひょっとしたら、猿として無責任に気ままに暮らしていけるのは、とても幸せな生活なのかもしれなかった。

 確かに猿ヶ島の住民は無責任で気ままな面はあった。たがいを批判しても、行動しない性質を持っている。これが奴隷化された原因のひとつではないだろうか。その分、行動し始めたらまったく無批判・無節操になってしまい、とんでもない理念を盲信して、ほとんど狂気の沙汰、やりたい放題、やり過ぎた余り手前勝手に自滅する性質も持っている。それはともかく、いかにうまく他人を批判するか、毎日それの競争はやっているが、先にも言った通り、批判している対象への適切な行動は起こさない。それでいて、批判上手にはかなりの高収入が約束されたらしい。

 こんな連中の調査はぞっとするが、本部命令ならば致し方なかった。いつのまにか彼は伏し目がちになり、まともに本部と向きあうことさえ出来なくなっているのだった。こうして百年近く彼は調査を続けた。正確に言えば彼が担当して九十八年後、この惑星が破裂して宇宙から消滅し、本部命令が自動解除されるまで。

 最後に、彼の報告書の骨子と、彼自身の思いを簡単にまとめて以下にご紹介しておこう。

 この惑星の生命体はすべて海底の泥から発生している。こんな汚泥体の調査・研究のために一生を棒に振らなければならない! 彼の心は深い憂愁の闇へ沈んでいった。最高級に進化したと言われているニンゲンという汚泥体は自分たちの根源を「神の子」だとか、猿ヶ島の猿たちは「ニンゲンは即ち仏である」とか支離滅裂な理屈をばらまいて悦に入って、裏では乱痴気騒ぎを繰り返して延命していた。彼はこう結論した。この惑星にかつて生存したニンゲンは、他の生命体と同じく、汚泥から発生してついに汚泥に帰っていった。彼等はすべて汚泥必然体だった。同時に、彼等は破滅必然体だったと言って決して過言ではない。現在は微細な塵として宇宙の片隅のどこかで揺らめいている。

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