アンナ・カヴァンの「氷」を読む。

 こんな長編小説を読んだ。

 「氷」 アンナ・カヴァン著 山田和子訳 サンリオ文庫 1985年2月28日発行

 この作品の著者は一九〇一年に生まれ、一九六八年にこの世を去っている。二度結婚し二度とも離婚している。ひとり息子は第二次世界大戦で失っている。また長い間、ヘロインを常用していたらしく、死のベッドの側にはヘロインの注射器が置いてあったという。死の前年、この「氷」という作品は書かれ、著者の遺著となった。

 作品は、氷に侵食され破壊されていく世界を三人の主人公を中心にして描いている。三人の主人公、「私」と長官と少女。書かれた時代が一九六七年だから、いわゆる冷戦の時代だった。言うまでもなくソビエト連邦とアメリカ合衆国の二大勢力圏に分裂した権力闘争の時代、共産主義か資本主義かを最後は核兵器で決着をつけんと威嚇する時代だった。朝鮮戦争やベトナム戦争などの局地戦が日常的に展開されていた。

 こうした時代背景があったのだろう、この作品では国家間の戦争で地球上のすべての文明が崩壊していく途上にあるのだが、しかし、根源から破壊するのはこの地球という惑星を侵食し結晶化していく無限大の「氷」だった。自然の「氷」が人類に対して絶対的な猛威を振るい出したのだった。氷によって結晶化していく世界を不気味に、しかし美しく、見事に描いている。「氷」は人類の宿命だった。近未来、これによって必然的に跡形もなく人類は消滅する。

 この小説の最終頁を閉じる寸前、破局間際のこの世を主人公の「私」と少女は愛しあって再出発する。世界の終末の中へ新しい旅に出る二人の姿を描いて、著者は厖大な破滅映像作品の筆を擱いている。

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