ママ

 チリチリチリ チリリン

 チリチリチリ チリトリン

 部屋のあちらこちらから 音が出る

 元はといえば新築だったが 二十一年経ってしまった

 徐々に解体過程に入ったのか トチチリン チリチリ

 果ては見えない長いカウンターの左側には男が並んで座っていて、右側にはズラリン女が座っている。その果ては見えない。靄がかかっている。向かいあった男女たちは夢中になっておしゃべりを楽しんでいるが、声は聞こえない。百年余り昔の無声映画を見ている。

 画面の左のドアを開けると、扉の下にちょうど幼児の頭が入るくらいの黒い箱が、あるいは四角いバッグか、転がっている。上から覗いていると、中が見えそうでいて見えない。本当に幼児の頭が入っているのだろうか。腕を伸ばしてバッグを開けようとしたが、背後に誰か立っている。振り返ってみようとする間もなく、靄の果てに、これらすべての存在の彼方に、彼は瞬間移動しているのだった。

 店の前で客寄せをしているのだろう、エプロンをした若い女性が話しかけて来る、「今度いらっしゃる時には、ママもいるようにしますから、必ず来てくださいね」

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