死劇 第二番

 見知らぬ女性が上から彼を覗き込んでいる。

「あなたは一体誰だ?」

「あたし? あたし?」

 年齢は分からない、五十前後か。胸もとを震わせ、髪を振り乱し、唇を歪めて何度も「あたし?」とリフレインしている。まるで女の姿をしたオオムだ。それとも「あたし」以外の言葉が出ないアヤツリ人形か。ならば化物だ! 胸もとを震わせ、上から彼を覗き込んで、妖しくって艶めかしい「あたし」は甲高い声でケタケタ笑いながら、そして徐々に全体が崩れていく。顔面のあちらこちらが破れ、鼻も両耳も両眼も既に穴になってしまって。……頭から長い髪の毛がはがれ落ち、激しい息づかいがして、彼の顔から首へ、胸へ下半身へとそよぎながら流れていく。やがて頭それ自体が破れていく。見ると、手足も胴体も破れ、紙くずになって千切れ乱れ、大きなゴミ袋の中へ移動して、彼の寝室から去っていく。これが彼女との永遠の別れだった。

 気になることが一つだけあった。確か紙くずの唇が別れ際に「あなたもよ、あなたも最後は紙よ」、こんな言葉を呟いてビリビリ破れながら移動していった。だとしたら、彼も千切れ散って、もう既に移動中なのかもしれない。この世にいないのかもしれない。紙くずだけをゴミ袋に残して。余りにせわしなくて、夢がいっぱい詰まった懐かしい寝室にさよならなんて悠長に挨拶する暇もなく。

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