外見からすると二つの皿に盛られたパスタはどちらもペペロンチーノだった。しかし、よく聞こえなかったが、違った料理名だった。パスタに覆われて見えないが、中には特別に吟味された食材が入っているらしい。いったい何が入っているのだろう。
彼は真顔になって問いただした。だがこれもよく聞き取れなかった。何か従来にない極上に料理された虫が入っているらしい。イタリアのある地方で三年ほど前に開発された調理方法で、特許が絡んでいるので、まだ詳細はお話しできない、そんな答えが返って来た。二つの皿に盛られたそれぞれのペペロンチーノの中に違った虫が違った調理方法で処理されているらしい。その時、虫の名前を耳にしたのだが、やはりこれもよく聞き取れなかった。なんでも虫の名前の頭(かしら)の単音は「ゴ」で始まっていて、二つ目の皿に調理されているのは「シ」だった。ただ「シ」には更にもう一種類の虫「ノ」を混ぜて秘伝の液汁で和えている、そんな講釈がパソコンの画面から流れて来た。断片的な話でほとんど意味不明になってしまうけれど、ここまでははっきり彼の記憶に残っている。
彼は特段空腹ではなかった。二つの皿を見つめ続けていた。この料理はペペロンチーノであってしかしもうこれではペペロンチーノではなかった。第一の皿には特殊な調理方法で処理された数十匹の「ゴ」が、第二の皿には数百匹の「シ」と「ノ」が内部に隠されているのだった。しかし折角出された特別料理、彼女が丹精込めて作った愛の料理だ。「どうぞ、食べな」。声が聞こえた。目をつぶって、ああオレももはやこれまで、遂に奈落へ落っこちたか、そう観念して、彼は「ゴ」から食べ始めた。
コメント
この記事へのトラックバックはありません。
この記事へのコメントはありません。