最初から予感はしていた
だから
闇と 赤提灯 紅と桃色のネオン これらの妖しい織物で
どこまでも錯綜し混乱している小路を
彼はさまよい続けた
ここだ
やっと 見つけた ここに違いない 地下商店街の脇道の奥
ほとんど崩れかけて赤錆びた軒並みのどん突きに
スナック<ヨコハマ>
彼は 約束通り 扉を開けた
客は誰もいない
物音ひとつしない
薄暗い 小さなスナック
カウンターの中に YOUが立っている
カウンターの上 彼女の左右には 二匹の小犬が
「トンちゃん
来たわね
待っていたわ
ねえ 見て
この子たちよ
あなたに約束した通り ここにいるよ
あたしの愛人ふたり ダイヤとルビー
さあ早く呼んで ダイヤとルビー おいでって
でも
ゴメンネ
トンちゃん
あなたを愛せなくて
何度も言うわ ゴメンネ トンちゃん
あなたを 愛せなくて 嘘じゃない ほんとに ゴメンナサイ……」
辺りは急に闇へ沈んだ
目覚めた時には
ベッドに仰向けに寝転んで
まんじりともせず 彼は天井を見つめていた
天井裏から 女のすすり泣く声音が漏れてきた
それでも
YOU
おまえをあきらめるなんて
もう
ボクには出来ない
芦屋の迷路 あの地下商店街をさまよって
もう一度 <ヨコハマ>へ行こう
夜明け前 トンちゃんは瞼を閉じて 商店街への階段を降り始めた
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