
JR大阪駅のプラットホームを東から西の方に向かって歩いていると、十メートル余り前方にN議員が秘書を二人連れて立っている。こちらを向いて手を振り、笑っている。一人の秘書は左手にワインのボトルを掲げて、左右に振りながら何かしゃべっているのだが、彼の耳まで届かない。ワインのボトルは既に開けられたのだろう、三分の一くらい減っている。九州の方へ行く、そういうことで旅の道すがら、これからゆっくりワインを飲むつもりらしい。
車内の長椅子に座って雑誌を読んでいると、議員が側までやって来て、この雑誌には俺の記事が載っている。ここではない、もっと頁を繰ってくれ、もっと先の方だ。彼を見下ろしながら、右手を伸ばし、雑誌の頁をあちらこちらペラペラめくっているが、議員の記事はどこにも出てこない。
いつの間にか風景が一変している。どうしてこんなひなびた田んぼとも荒地ともつかないところをこの電車は走っているのだろう。このまま行ってもおまえの住んでる街へは行かないよ、議員はネチャネチャ嘲笑しながら、アドバイスを続ける。ここだ、ここしかない、この駅で降りて、駅員に聞けばいい。確か普通電車ならお前の街まで行けるのかもしれない。ダメなら、車だ、タクシーを探すのだ。
駅とはいえ、ほとんど駅の体をなさない代物。まだ大阪駅を出て十分余りか、せいぜい二十分足らずだが、驚くほど寂れた場所だった。プラットホームは舗装されていなくて、土砂を盛り上げて造られている。白ペンキの塗装もはがれ落ちて今にも崩れそうな木柵に囲まれた構内は、いちめん雑草がこびりついている。安普請のため台風で飛んでしまったのか、屋根もない駅員室には駅員の制服を着た五人の女性が何か夢中になっておしゃべりを楽しんでいる。けれどもいったい何をしゃべっているのか彼には意味不明だった。
おそらく東南アジア系の人たちで、まだ日本語が通じないのだろう。ここはどこですか、A市まで行くにはどうしたらいいでしょうか、大声で叫んでも彼の方を見向きもしない。待てよ。この女たちとはどこかで会った気がしてならないんだが。しかし困惑している彼を一切無視して、彼女たちは相変わらず夢中になっておしゃべりを楽しんでいる。こんな状況の中に放り出されて、俺はどうすればいいんだ。やはり、彼女たちにお願いする以外、あらゆる手立ては既に断ち切られてしまった。そうだ。彼女たち、聞いてください。どうぞ、こっちを向いてください。どうぞ、です。お願い、です。どこへ行けばいいんですか、俺は、どこへ、教えてください、ねえ、お願いします、どこか、どこへ行けばいいか、教えてくださいませ。どうか、ください。住所を、俺の住所を、ください。夜がやって来るまでには、お願い、お願い、です、お願い、します、どうかしてください。どうぞ、してやってください。藁をもすがる思いで嘆願しながら、彼は叫び続けていた。
コメント
この記事へのトラックバックはありません。







この記事へのコメントはありません。