
庭石を置く話になってしまった。
もともとの話の入口は、決してそんな出会いではなく、もっと親密な関係になっていく、いや、もっとあなたと親密なお付き合いがしたいって、唇を笑みで飾り、伏し目がちに、彼の足元へそっと呟きを落としたくせに。
ねえ。一度、お家に来てくれない。お茶、御馳走したいの。とても美味しい日本茶、あなたに淹れてあげる。お酒も。
麦茶、正確に言えば、麦酒だった。二人で小瓶を五本空けたころ、裏庭へ案内された。来月この家、明け渡すの。売りに出したら、あっという間。だから祖父の時代からずっと我が家を守り続けてくれたこの庭石、誰かに預かっていただく話が出来ずじまい。お願い。あなただけ。あなたにだけこの話を持ち掛けたの。あなた以外にはいない。この大切な我が家の守り神を預かってくださる人は。
ご覧の通り、高さ一メートル半余りあるこの石、珍しくって、時間があれば安く見積もっても五百万円で売れるわ。でも、あなただから、三百万円でいい。でも、これだけは約束して、大切にするって。アシタこの口座に振り込んでね。後でメモして、お渡しする。
そう言い終えると、彼女の唇は彼のそれへ重ねられた。いいでしょ、これ以上の楽しみは次の日に取っといて、お部屋に帰ってもう少しお茶、飲みましょうね。きょうはステキな日曜日だった。あと一本だけ、飲みましょ。もう一本だけよ。
この大きな石を自宅の庭に置いて以来、彼は彼女と会っていない。音信不通。会いたくなって、二週間後、彼女の家を訪ねたが違う名前の表札がかかっていた。
コメント
この記事へのトラックバックはありません。







この記事へのコメントはありません。