
にわかには信じがたいことだが、人間の体から波動のようなものが流れ出ているのだろうか。
彼女と出会ったのは時折訪れるスナックだった。五十代の女性。なぜか意気投合してその後、芦屋の小さな繁華街を食事、というより飲み歩いた。彼女は余程夜遊びが好きなのだろう、あちらこちらのお店と親しくしている。二ヶ月もたてば、さまざまなお店のママたちと私は顔見知りになっていた。
三月になったがまだ肌寒い土曜日の夜、JR芦屋のすぐ西にあるスナック、その店の入口に近いカウンター席に座っていた。私はウイスキーの水割り、左隣の席では彼女が赤ワインのグラスを傾けているとき、五十過ぎの乱れ髪の女が入って来た。私たちの背後を通り、彼女の左隣に座った。ハイボールを飲みながら、その奥の左に陣取っている先客の男性と話している。おそらくこの男女は顔見知りではないのだろう。あなたこの辺に住んでるの、乱れ髪の女の声が聞こえてくる。いつの間にか二人は寄り添うようにして杯を重ねている。
三十分余り過ぎたころか、悪いけど、違うお店に行こう。彼女は立ち上がってハンガーラックから白いコートを取った。
ゴメンネ、久しぶりに全身に痛みが走ったの。ヒリヒリして、耐えられなかったの。別のバーに来て座った途端、彼女は立て続けにしゃべり始めた。あの女性、とても悪い気を出している。ほんとにこんなの久しぶり。見て。わたし左手首に二重の水晶の腕輪をしてるでしょ。若いころから周りの霊気を強く感じてしまう。でも、この二重の水晶の腕輪をしてからはこんなことはほとんどなかった。でもあの女の人の気は恐ろしく強い。悪い霊の気が波打っている。隣の男性、心配だわ。いやな予感がする。
ここよ、ここから気が入って来るのよ。私の背後の首筋の下方、おそらく脳幹と脊髄のつなぎ目辺りだろうか、右手の指先で押さえて、ここよ、ここから気が入って来るのよ。
普段、彼女は何も特別変わった性格ではなく、自分でも、私は普通の女よ、そう言っている。私もこの数か月彼女と芦屋の街で親しく飲み食いして、異常なところなどまったく感じない優しい心配りのあるいわゆるステキな美女だと思っている。多少お酒とタバコが好きな人だが。いや、彼女よりも私の方が異常な人間だと思っているくらいだ。だって、毎日というくらい奇妙な作品を書いては自分で運営している「芦屋芸術」のブログに投稿したりして。
だとすれば、最初にちょっと触れたように、人間の体からはそれぞれ違ったその人特有の波動のようなものが出ているのだろうか。あながち否定できない、むしろ余りにも単純な事実なんだろうか。そして、その波動を感じ取る特異な能力がある体を持っている人がほんのわずかではあるにしても、いるのだろうか、不思議な体を与えられた人が。もしそうだとするならば、彼女はその一人なのだろう。
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