
どこをうろついていたのかわからない。あれは舗道だったのか、それとも廊下だったのか、既に記憶は鮮明ではなく、頭の中に黄昏がやって来たのだろう、過去は薄い灰色の膜に覆われてしまった。結局、たどり着いたのは、長径五十センチ短径三十センチくらいの楕円形の窓がある壁だった。おそらく窓は床からの高さが百五十センチくらいなのだろう、彼の顔全体を映していた。窓の向こうは闇なのか、あるいは、これは窓ではなく鏡なのか、彼には判然しなかった。辺りが薄暗かっただけではない。先にも言っておいたが、彼の頭それ自体がとっぷり黄昏ていたのだろう。
確かに薄暗いとは言えたのだが。けれども、青い光がホ・ホと点滅しながら、白っぽい茶色か、熟していないオレンジ色か、そんな絵具を大量に水に溶かしているのだろう、壁にも床にも天井にも辺り一面、奇妙な色彩が波打っているのだった。これ以上この場所を、どう表現すればあなたにご理解いただけるのだろう。全面、波の先端が白っぽい茶色であり、未成熟なオレンジ色の水脈を引きながら、そんな波が、あらゆる角度で入り乱れて、全空間でにゅんにゅんうごめいていた。もちろん、いまさら言うまでもなく、頭頂から爪先まで彼の全身を包んで。
いつの間にか、窓が消えていた。
しかし、まだ、楽観してはならない。全画面が、ぐにゃぐにゃしていた。ぐにゃりぐにゃぐにゃりぐにゃ音立てて移動していた。だがしかしそれは、外界がぐにゃりぐにゃしているのか、恐ろしい話だが、黄昏から夜へと移行しつつある彼の脳がぐにゃりぐにゃしているのか、それとも頭骨のあらゆる穴から外界へぐにゃりぐにゃ移動しているのか、果たして、どうだろう。皆目わからない。いったい何がぐにゃりぐにゃしているのだろう。いや、いまや全空間が長芋とろろ状の液汁になってしまったのかもしれない。なぜって、もはや、ぐにゃりぐにゃではなかった、信じがたい話だが、ふちゃりねちゃしていたのだった。
これから先があるのだろうか。いまや頭の中が未明にまで達したのだろうか。いきなり長芋とろろが崩れ出したんだ。オイ。あれは何だ。あの階段から流れ落ちて来るもの、紅と緑のまだら模様を描いて。とんでもない。まだ行きつく果てじゃ、なかったんだ。いっそ、ぐにゃりねちゃしておけば、よかったんだ、まだしも、長芋とろろでよかったんだ!
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