新生活

 確かにくすぶっていた。何がくすぶっているのかと問われても、闇男にはもう返答するすべもなかった。既にすべてがそぎ落とされていた。これってもはや身体とは言えない。以前、熟知していると思っていたニンゲンではなかった。彼の記憶を隅から隅まで探ってみても、ニンゲンの面影は片鱗でさえ見当たらなかった。そこから先は、頭の中がたそがれてしまって、薄暗くなって、ぼんやりしている。けれど彼には何故かスルメの足に似た記憶だけが脳裏にくっきり浮かんで離れない。彼と同じくらいの背丈、一m七十㎝余りあるスルメの足は十字架状にくねくね揺れ動いていた。これって誰。もしかして、俺かも。

 彼なんて存在しない。どこにも。彼って、彼であって、彼ではなかった。くどいようだが、何度だってお伝えしておく。彼は十字架状になってスルメ語で彼女に叫んだ、そして破れた、熟年の恋に。彼女はスルメが好物ではなかったのか。残念な話ではあるが。

 それでは、彼はさらに自問自答していた、くすぶり続けていたから、ついにスルメになったのだろうか。そうじゃなくって、俺はニンゲンではなく、いつの間にか新しい生命体へ進化したのだろうか。進化の果て、スルメ型十字架状生命体へと到達したのだろうか。果たしてこの状態が終着駅なのか。それともさらなる進化がやって来るのだろうか。

 それにしても、彼は全身をくねくねくねらせながら不平不満をタラタラ、なにせ、ミジンコ状生物や見えないバクテリア群がスルメをかじったりチュウチュウ吸いついていたりしているのか、くすぶるというより、くすぐる、そうだ、くすぐり続けていた。かゆいったらありゃしない。熱い温泉にでも入って全身を洗い流したい、だが待てよ、そんなことしてしまったらふやけてしまってグニャグニャになるのではないか。グニャグニャになった一m七十㎝大のスルメ生命体。想像するだけでゾッとしてしまった。いやはや。飛んでも八分じゃ。

 闇男! 水流闇男‼ とにかくおまえは進化した。ここまでやって来た。スルメ型十字架状生命体⁉ いいじゃんか。トテモいいじゃんか。だけんど、いまだ進化の途上さ。まだまだこれから。生きているってステキだね。毎日新生活。この際、何でもありだから、喜んで、進化しようぜ。いいだろ。

 あしたになれば、紅、緑、紫で構成された縞模様生命群の三色体に彼は進化するのだが、その話は後日にしよう。

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