
ごめんなさい わたしは過去を
語りたくありません 語るたび
癒えて くっついたばかりの傷口から
また 血がしたたり落ちてきます
ください ホラ これを ごらんになってください
ください ねえ ヤミオ もうこれ以上 責めないでください
闇男はリカの右ふくらはぎに人差指を小刻みに回転させながら圧し付けてみた。成程。彼女の言う通りだった。コリコリした小さな瓜状物体が足首から膝関節辺りまでスローモーション画像でも見ているようにゆっくり行ったり来たり、上下運動を繰り返していた。
―こりゃ、いったい何だ?
驚きのまなざしで、闇男はリカの顔を顎から頭髪に向かって見あげていた。なんてこった! 顔は既にリカではなかった。そんなバカな‼ 声を呑み込んだ。形容も出来なかった。数秒だろうか、数十秒だろうか、あるいは数分だったろうか、彼は先程までリカの顔があった場所を見つめ続けていた。彼の脳はミキサーになって振動し、彼の口からこんな言葉がまるで噴水になって噴き出してきた。
―確かにこれは顔ではない。毛だ! ぼうぼうとした円形の毛むくじゃら立体画面に黒ゴマ大の無数の虫がうじゃうじゃ住みついている。
円形の毛むくじゃら立体画面の中央から音が流れ出た。
―愛してるわ。嘘じゃない。初めてよ。ヤミオ。こんなにも切ない気持ち。リカはあなたにだけ身も心も、すべて、すべてよ、この顔も、この足も、捧げ尽くして、暮らしたい……
闇男は目を落としてもう一度リカのふくらはぎを見た。絶句した。言葉を失った。脳の回線はずたずたに切断された。
そこには二十センチ大の唇が開いていて、赤い仁丹に似たおびただしい玉が混ざった濃緑色の愛液を垂れ流し続けていた。どろり、どくどく、どっくん……こんな不気味な連続音がした。どうぞここから入ってください。お願い、どうぞここから……何度も同じフレーズを語りかけてくる。意識の絶えた闇男の深底にこのフレーズだけが永遠に反復するのだった。
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