亀と悲恋

 昨夜は早くスナックを引き上げた。十一時半には帰宅した。というのも、土曜日は亀の池の清掃を終えた後、午後二時から大阪で「日本詩人クラブ」の例会があり、私は会員ではないがある人から誘いを受けているのだった。

 いつも金曜日の夜、顔を出しているスナック。比較的すいていて、また何故か昼間から飲んでいたものが全身を駆け巡り始めたのか、スタッフにも強くせがまれて、いつになく何曲も歌ってしまった。桂銀淑の「夢おんな」、「酔いどれて」、「大阪暮色」、「アモーレ/激しく愛して」、「ベサメムーチョ」。それに、丸山圭子の「どうぞこのまま」、西島三重子の「池上線」。そのうえにスタッフや客の女性とデュエット数曲。デュエット以外は、すべて女性歌手の曲ばかり。それも悲恋の。ただ、桂銀淑の「アモーレ」、「ベサメムーチョ」と丸山圭子の「どうぞこのまま」は直接的な悲恋の歌ではないが、このままあなたとずっと一緒にいたい、そんな切ない気持ちが背後でうごめいている。悲恋を予感させる歌でもあった。

 そうだ。過去を振り返ってみれば、私の場合、四十三年間妻と愛しあって、十一年余り前に死別した。夫婦と呼ぶより、より正確に言えば、そして今にして思えば、四十三年間、恋人だった。おい、おまえ、そんな類の言葉何てこれっぽっちも口をついて出て来なかった。出会った頃から、別れの日まで、たがいにニックネームで呼びあった。だから、昨夜唄った歌のようにこんなにも愛しているのに捨てられ、別れる悲しみ、ではなかった。愛しあったまま、死別する悲しみだった。

 また、こんなことにも思い至った。私は、思った。古来、詩の大きな原動力のひとつに愛別離苦がある。従って、この原動力によって体の中から詩が言葉や音や形になって噴き出してくるのだった。愛別離苦の宿命を負った人の体から、やむにやまれず詩が発生したのであろう。人間の頭が考えて詩が生まれるのではなかった。内部から噴き出してくるのだった。詩を書くとは、厳密に言えば、噴き出してくる事柄を写す行為、本人がどう意識しようがしまいがおかまいなしに、内部から有無を言わさず表現を強制させられる行為だった。そうじゃないだろうか。

 亀の池の掃除を終え、彼と遊びながら、こんなとりとめもないことを、私は心に描いていた。

*写真は、庭で首をもたげて虚空を見つめる亀。一か月余りすると、彼は冬眠に入る。

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