得体の知れない夜

 この物語にはたくさんのニンゲンが登場する。たまたまラッシュアワーの時間帯に紛れ込んでしまったのか、地下鉄なのか、郊外電車が首都へ向かっているのか。だったら朝の出来事だろう。しかし考えようによっては終業のベルが鳴り、帰宅途上の、満員のまま密閉されたバスの中の出来事だったのかも知れないではないか。

 おそらく現代だから、決して過去には及びもつかなかった、あのおぞましい事件が発生したのはそんな状況のさなかだった。直視して欲しい。眼をそらさないで。現代的な事件の特徴として、あなたが巻き込まれたかもしれないし、あるいは、無意識のうちにあなたが犯人だったのかもしれない。混雑や混乱・混迷、悲鳴や怒号が飛び交う中で、生き残ったニンゲンは三人だった。彼等も重傷を負っていた。痛ましい証言だけが残されている。だがその後、彼等がどうなったのか、警察もマスコミも何故か沈黙している。

 事件から十日後、警察やマスコミを批判する投稿者がネット上に現れた。一時間後には、十万件ほどのさまざまな意見がネットに言葉の嵐を捲き起こしていた。

 彼はじっとスマホを眺めていた。もうとても明白だとか確実だとか断言できない時代になっていた。これだけの意見をすべて読むだけでも、困難を覚えた。いや、それは不可能だった。彼は今夜も意味不明の闇を歩いていた。得体が知れない闇。無数の音と映像が散乱する夜の中を。

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