
鏡の中に別の世界が始まっている。そうじゃないだろうか。ニンゲン、独りでいると、そんな気分になったり、果ては鏡の中に奇妙な妄想を映し出したりしないだろうか。
そんな作品集を読んでみた。
「仮面物語集」 ジャン・ロラン著 小浜俊郎訳 国書刊行会 1984年3月20日初版第一刷
この短編集はフランス十九世紀の世紀末作品としては、極めて特異な風貌、風景、姿態を浮かび上がらせている。どちらかというと、破綻寸前の言語作品だろうか。仮定に過ぎないが、おそらく二十世紀二十年代ならロランは「破綻物語集」風な言語作品を発表していたに違いあるまい。微妙ではあるが、それほどに狂いつつある言語作品だった。この短編集は1900年に出版され、その六年後には五十歳でロランはこの世を去っているのだが。
著者の特徴の一部として、薬物中毒と同性愛をあげておく方がいいと思う。熱中症的世界。そんな性質が作品の隅々にじみ出している。青い、赤い、時に黒いインクのにじみ。
「仮面物語集」の表題通り、仮面を被ることによって、ニンゲンが自分の中に他人を製作して、この世に別人として登場するだろう。すなわち、変身する幻覚世界をこの作品集は緻密に描いている。それだけではない。仮面を被らず、生身のままの顔が仮面性を帯びて変形することがある。そして変形した顔は、その人間の奇妙な内部を刻印するのだった。
少々おおざっぱだが、この時代を俯瞰すれば、白人社会が機械制大工業を中心にした産業資本段階から金融資本段階へ転化し、資本主義社会が世界制覇をほぼ成し遂げて歴史の頂点に立った、その中の最上級の国家、言うまでもなくイギリスに次ぐフランスという国家の豊饒に爛熟した文化の底辺にある闇の部分、つまりマイナーな芸術愛好家集団の中の一人、ジャン・ロランという孤独な詩人が仮面に飾られたパリの夜を徘徊しているのだろう。<この世の外なら、どこへでも……>、エーテルを飲み、そううそぶきながら。
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