スズメのお宿

 いつ頃からだったろうか、私がスズメと仲良しになったのは。

 思い起こせば、最初、私はカラスと仲良しになったのだ。そのカラスは羽を傷めた、身障者だった。偶然かもしれない。そのカラスとの出会いは2020年7月19日、私の妻の七回忌だった。彼を「カアカア」と呼んで私は遊んだ。この間の楽しい日々を私は「芦屋芸術」十四号、十五号にかなり詳細に書いている。

 さて、その頃の「芦屋芸術」の頁を繰っていると、十五号の四一頁に初めてスズメについて言及している。2022年6月23日のことだった。カラスの食べ残したご飯を一羽のスズメが食べにやって来た。その写真を四三頁に載せている。もう二年半余り前の話。スズメの寿命は一般には二年から三年と聴く。ひょっとしたらこの写真に出ているスズメはもうこの世にはいないのかもしれない。

 先日ブログに書いたように、今では五十羽ないし六十羽くらい、毎日我が家へやって来て、私が差し出す「小鳥のフード」を夢中になって食べているのだった。もう何羽かは私が「鳥の食卓」にフードを置いていく手元にやって来て食べ始めたりしている。

 年末から「芦屋芸術」二十五号の編集・校正に着手し出した。来年の三月一日に発行予定なので。年始の休みに一応のめどをつけてしまいたいと思っている。

 一年を振り返ってみれば、何とあわただしい生活を送ってきたことか、我ながらあきれ返ってしまう。愛しあった妻を喪って十一年余り、おそらく彼女が叱咤激励し続けているのだろう、「とんちゃん、あなたが若い時、一番やりたかったこと、愛のために捨ててくれたこと、きっといい作品を書いてね、きっとよ」、私の胸の中でいつも、そんなふうに彼女が言い聞かせてくれるのだが。なかなか思うようにいかないのが人生なのだろう。

 ちなみに、私はスズメを「チュンチュン」と呼んでいる。


*写真は、我が家の庭の木で遊ぶスズメたち。

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