
鍵を失くしてから私はずっと自宅に入っていない。また、鍵を持たないニンゲンは入れないものとばかり思っていた。なぜって、居住者なら必ず鍵を持っているはずじゃないか。鍵を持っていない人間は不審者ではないだろうか。そんな葛藤が、私にはあった。
もちろん、言うまでもなく、その家には私の家財道具一式が眠っている。一人住まいだったから、私以外のニンゲンは眠っていやしないが。……鍵を紛失した日以来、テラスのガラス戸をのぞき込んだり、二階のベランダの窓を見上げては、内部の様子をうかがい続けた。近所のラブホテルで一人住まいして。
きょうも朝っぱらから自宅の前をうろつき回って、内部の情報を探り続けた。
朝の九時過ぎだったか、突然ドアが開いて、ステキな女性が出てきた。私好み。
「この家の方ですか」
「はい。息子の母です」
こんな立ち話をして別れた。彼女は西の方の道を歩いて角を右に曲がって消えた。待てよ。だったら、あの女は私の母だろうか。そう言われてみれば、どこか面影が。それにしても、私は一人住まいだったが。これって悪夢じゃないか。だって、私の母はもう二十三年前に他界してるじゃないか。それにしても、騒がしい。家の中でどんちゃん騒ぎが始まっている。
ガラス戸の白いカーテンの隙間から、縄が見えている。いや、あれはシマヘビだったのかもしれない。ずいぶん昔の話だが、裏の土手でよく見た……蛇と遊んでいて叱られたこともあった……いつのまにか私は深い闇の底にうずくまっている。どうして私に闇が。ひょっとして、いたずらをして、父に押入れの中へ閉じ込められてしまったのか。もしかして。蛇を左手に握りしめたまま。
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