浮くこと 沈むこと

 朝、ベッドの上で目覚めた時、浮沈という言葉がひらめいた。

 浮いたり、沈んだり。そして、きょうは、「沈」の方だった。心が沈んでいた。

 確かに昨夜、いつものスナックでかなりウイスキーの杯を傾けてしまったが、帰宅したのは今日の零時過ぎ。それほど遅くはない。そのうえ、目覚めたのが七時半ごろ。よく眠った。熟睡。なのに、どうして、心が沈んでいるのだろう。

 心を死が支配しているのだろう。十二年前まで、愛しあった女の死が。

 人の心は理屈や常識、論理や理性では支配できない。少なくとも私の場合、十二年間、死が支配している。愛の死が。だから、「浮沈」の中で、「沈」の方がしばしば私に訪れてくるのだろう。

 もちろん他人と会っているときは、「浮」の顔を見せているつもりだが。

 九時ごろ、表に出ると、スズメたちが待っている。

 なぜ、書くのだろう。スズメたちのことを。愛しているのだろうか。

 庭の柵の上でも、朝ごはんを待っている。

 こちらの木の枝でも。



*トップの写真は、庭の食卓で朝ごはんを食べ始めたスズメたち。

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