黒い壁

 壁が迫って来るのだろうか。夕方から今までずっと、つぶされそうな気持がする。東西から挟もうとしているのか、南北からか。いや、待て。南北はあり得ない。だってこの部屋の南側はテラスになっていて、ガラス戸じゃないか。ガラスなら挟み殺す前にガシャンと割れてしまうはずだ。オレは処刑される前に脱出できる。なるほど。それじゃあ、東西の壁が迫ってきているのに違いない。

 今のところ、まだ、家の揺れは感じない。壁が移動するなら、どうだろう、同時に家が振動したり、あるいは、ガッシャンジャン、ガジャリ、振動音が反響するのではなかろうか。ただ、最近年のせいか耳が聴こえにくくなっている、特に左耳が。それならば独居老人が単独で家の欠陥調査なんてできようはずもなかろう。耳が遠くなっているなら音響発生個所調査でさえ危うい話だった。

 役所から調査団を派遣してもらうことも検討してみたが、スマホも固定電話もない現状では、無理筋だった。歩行も既におぼつかないし。思い当たることがある。あれは去年の夏のことだったか、いやいや、そんな昔の話ではない、きのうかせいぜいおとついだったんじゃないか。台所で食パンの残りを探している時、空腹の余り、床の上にひっくり返ってしまった。確かそのはずだ、これは断言していいと思うのだが。

 まだ無音で迫って来る。両側の壁の隙間はもう一メートル足らずではないだろうか。違う。家の壁は白壁。だったらこれは家の壁ではない。真っ黒だ。なんてこった! 黒壁だ‼

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