「詩」は、私にとって、遊びだった。

 昨夜、いつものスナックで飲んでいると九時頃メールがあった。十時半ごろ、あのスナックに、言ってますね! 誘いのメールだった。十時半ごろカウンターの席を立って、私は五、六十メートル先の別のスナックに向かった。もう三月半ばだが、冬の寒い夜になっていた。

 一ヶ月ぶりだった。彼女の歌を何曲も聴いた。透明な声。この声を耳にしながら、夢心地になったのか、ふと、こんな思いに耽っていた。

 平日の午前中はまだ、四十八年間続けて来たビジネスを事務所でこなしているが、あとの大半の時間は「芦屋芸術」関連につぎ込んでいる。もちろん家事なども、ひとりでやっているが。

 おそらくワイフが生きていれば、「芦屋芸術」をここまでやることはなかった。彼女と遊ぶのがトテモ楽しかった。一番だった。彼女が亡くなるまでは片手間でやっていた「詩」に大方の時間を割くようになってしまった。

 つまり、私にとって、「詩」は遊びだった。もう一度言っておくが、愛している女と遊ぶのが、至上だったが。致し方あるまい。

 彼女はさまざまな歌を聞かせてくれている。私が初めて聞く歌を何曲も。夜は十二時を過ぎてはいるが。

 そうだ。今週は水曜日ときょう、この金曜日の二日間、夜遊びだった。夜遊びといっても、愛しあった女性はいなかった。飲んだり、食べたり、歌ったり。ワイフはお酒を飲まなかったが、彼女たちは、ほとんど、よく飲んだ。今夜の歌姫だけは、いつもコーラを飲んでいるが。

 来週も火曜と木曜は既に夜の予約が入っている。

 限界すれすれ。どうして私の体は破綻しないのだろう。十二年前、あんなに元気だったワイフは突然すい臓がんでこの世を去ってしまったのに。

 帰宅したのは今日の午前一時半ごろ。
 
 スズメの朝ご飯が遅れてしまった。

 庭の食卓にご飯を撒いて、「いいよ」、そう呼びかけると、ザッと集まり出したスズメたちのその瞬間、彼等の姿をスマホで撮った。

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*トップの写真は、亡妻が鉢で育てたアモーンド。花が少し咲き出した。今年か来年、庭に植え替えようと思っている。背後の枝には食後のスズメが数羽、休んでいる。

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