昔の記憶

 葉書が出てきた。海と円錐形に突き出た島が描いてあった。黒い太い線。墨汁で描いたのだろうか。なぜかこの島には、ずいぶん昔、訪れた記憶があった。

 脳裏に島内の風景の映像が走った。白い小さい浜辺。オリーブの林。青空に浮かぶ雲。さまざまな景色が一瞬現れては、消えていた。最後に、透明な水色の宙に、うすぼんやり、少し茶色く変色し始めた若かった時の父の写真が浮かんでいた。そのまま、じっと、全体が静止している。

 古ぼけた父の写真を見て、彼は納得した。この島へ訪れたのは、彼の幼年時代、四五歳か、せいぜい小学校低学年だったろう。

 誰から誰に宛てた葉書か、彼は無性に知りたくなってきた。日付はいつになっているのだろう。とにかく、この葉書の風景を裏返して表を見れば、すべてが明らかになるのだろう。だがしかし、葉書は眼前の空間にピッタリ張り付いたままで、裏返すことは出来なかった。さんざん何度も試みては見たんだが。

 彼は厖大な昔の記憶の一部を垣間見たに過ぎなかった。

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