
最近もの忘れが激しくなったのか。確か阪神電車の梅田駅からこの特急電車に乗ったはずだ。知り合いの女性と二人だったが、あれこれ話に夢中になっている間に、吊革を握って隣に立っている女性も話に加わってきた。阪神尼崎駅じゃないだろうか。二人とも下車した。確信している。ここまでは確かな話だ。
しばらくして野暮用を思い出して阪神電車からJRに乗り換えたのじゃなかったか。そして一駅か二駅過ぎたのだが、ここの駅で下車した。ちょっと待て。ウウム。この駅の名前はわからないが。
駅員さん。とにかく、そんなことより、なぜか私は切符を持っていないことに気付いた。もう改札を出て数十メーター歩いていたが、ふと思い出して改札まで帰って来た。だって運賃を払わなきゃならないからね。
駅員さん。いくら払えばいいんだろう。阪神電車の梅田駅から。
駅員 四百五十円になりますね。ただ阪神電車の料金は分かりかねますが。阪神さんにお問い合わせください。
M ハイ。四百五十円。どうも申し訳ありませんでした。
駅員 いや、お客さん。罰金として追加料金が一万円必要です。これは規則でして。すべての無賃乗車したお客さんに対する……
M 一万円! いや、払いますよ。ちょっと待って。あなたの顔、どこかで見覚えがある。あのボランティア活動やってる団体の会員ではないですか。一万円は払います。ホラ。だけど今度ボランティアでお会いした時、あなたとは一切お話しません。顔も合わしませんからご承知おきください。
駅員 …………
M それはそうとここから尼崎まで歩いていきたいんですが。その途中であのお店があると聞いているんで。どうしてもあのお店に行きたい。道を教えてくれませんか。
駅から少し離れたところに、家の密集地帯がある。その間を縫って二メーター幅くらいの狭いアスファルト道が一本、ずっと奥の方まで続いている。わざわざMを先導してここまでやって来た駅員はその道を指さして、
駅員 おそらくこの道です。この道をずっと真っ直ぐ行けば、あの不思議なお店にたどり着きます。
M ありがとうございます。ところで、尼崎駅まではどれくらいの時間がかかりますか。私はその駅から電車に乗って帰宅するつもりなんです。
Mはじっとその狭いアスファルト道を見つめながら、駅員に話しかけていた。だが返事がない。そればかりか、その辺りにはもう駅員の姿はなかった。あるのは、見渡すばかりいちめん名も知れぬいろんな雑草が生えている野原だった。振り返ればアスファルト道も消えていた。あれがススキというのだろうか。もちろん、誰も悪くない。あの女たちも駅員もしょせん他人じゃないか。それを承知の上で、騙され続けたこの俺が悪いんだ。
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