toru-yamashitaの記事一覧
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親水公園にて その26
一九六九年秋。私がSのアパートで遊んだのは、あれが最初で最後だった。 遊んだ? いや、私たち二人はじっと見つめあったままだった。三つくらい年上の彼女はベッドの縁に座って私を見上げ、まだ二十歳だった私は勉強机の…詳細を見る -
D.クーパーの「家族の死」
もうずいぶん古い話だが、一九七〇年前後の頃、個人的に言えば私が二十歳になるかならないか、そんな頃のお話だが、「家族帝国主義」という言葉があった。今でもこの言葉が残っているのかどうか、私は詳らかにしない。それはとにかく…詳細を見る -
親水公園にて その25
あの女に 手紙を書いていた 無視されるのは わかっていた それでも 書いていた きょうも この木の下に立っていた 手紙を出したのを 後悔して *お昼過ぎ、親水公園のいつも…詳細を見る -
親水公園にて その24
愛したために 待つことを覚えた 愛したために 死を恐れなくなった 愛したために すべてを投げ出そうとした 愛したために 捨てられることを知った *写真は、お昼過ぎの親水公…詳細を見る -
親水公園にて その23
あなたといっしょにいるのが とても楽しくて 別れるなんて 心に浮かびもしなかった これっぽっちも! そうなんだ 長い歳月 愛しあったので もう 愛しあうことしか出来なかったんだ 八年…詳細を見る -
親水公園にて その22
あなたがもうこの世にいなくても 雲はきれい この空も この雑木も また 足もとに咲くこの九月の花も きれいは きれいだった *今日のお昼ごろ、いつものように親水公園に出た。なぜか無性…詳細を見る -
ミシェル・フーコーの「精神疾患と心理学」
私はこれまで、デヴィッド・クーパーの「反精神医学」、ロナルド・D・レインの「自己と他者」、また、彼等に影響を与えたサルトルの「方法の問題」、こういう順序で三冊の本を読んできた。これらの著作に共通して主張されている事柄…詳細を見る










