toru-yamashitaの記事一覧
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親水公園にて その21
この歳になって わたしにも やっと わかった 誰でも みんな 自分なりに けんめいに 生きてるんだ よし わたしも 今夜 あの女に手紙を書こう *夕方、五時過ぎ、親水公園の片隅に花が…詳細を見る -
親水公園にて その20
大切な人を 喪うということは 自分の中心が 穴になることだ その穴には 八年間 毎日 苦痛が座っている けさも 苦痛はあぐらをかいたままで おはよう なぜか優しく そう言った …詳細を見る -
「芦屋芸術十五号」が出来ました!
本日、「芦屋芸術十五号」が出来ました。内容は以下の通りです。 カアカアと、このひとときを(続) 詩画集 原始の領域から 暗中を模索する その4 以上、三篇を収録しています。執筆は…詳細を見る -
親水公園にて その18
あの女に 手紙を書いていた炎天下 毎日 公園を歩きながら頭の中で何度も書いていた そして 何度も消していた*真昼、親水西公園の池のほとりに立って、終わりゆく夏の六甲山、その上の雲と空を激写! …詳細を見る -
親水公園にて その17
愛は 言葉ではなかった 鯉も そうだった *午後六時ごろ、親水西公園の池の鯉をスマホで撮った。まだ空は明るく、辺りは澄みわたり、この夏初めての涼しくてひたひたした夕暮れだった。もう夏の終わりが来…詳細を見る -
サルトルの「方法の問題」
先日読んだデヴィッド・クーパーの「反精神医学」、ロナルド・D・レインの「自己と他者」、この論述を読んでいて、彼等より十五年前後人生の先輩の哲学者の名前が出てきた。おそらく彼等が家族という存在を思索する導きの糸として影…詳細を見る -
親水公園にて その16
芦屋の海に近い公園の片隅で 私は片隅なりの詩を書いている 好きなら 好きだ きれいなら きれいだ そう書いている 雲や木や風 そこに生きるあの女とお話しをする それが片隅の詩だ きょ…詳細を見る -
亀と三十三年半、反復した!
雨が朝方に止んだので、曇天の下、七時過ぎ、亀の池の掃除を始めた。 池を洗っている間、きょうはなぜか私の足元にくっ付いて彼は離れようとしない。作業も後半になって、やっといつものように庭中あちらこちら散歩しだした…詳細を見る










