カテゴリー:文学系
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後藤光治 個人詩誌「アビラ」6号
充実した個人詩誌が送られてきた。言うまでもなく、詩も評論もすべて詩誌の編集発行者が一人で書いたものであるが、私の眼で読めば、ある一つの中心軸の回りを回転する作品群だった。 個人詩誌「アビラ」6号 編集発行 後…詳細を見る -
マヤコフスキーの「ズボンをはいた雲」
もう五十年くらい昔の話、二十歳前後だったか、私はマヤコフスキー選集全三巻を持っていて、三歳年上の友人に貸してしまった。まあ、「貸す」というのは「やる」という言葉と同義だと承知はしているが、あれから五十年、マヤコフスキ…詳細を見る -
ワシレフスカヤの「虹」
数日前に読んだ「決定版ロシア文学全集第28巻」にこんな作品が収録されていた。 「虹」 ワシレフスカヤ著 原卓也訳 日本ブック・クラブ 1972年10月5日六版 この作品は、第二次世界大戦でドイツ軍に侵…詳細を見る -
エレンブルグの「雪どけ」
私がこの作家の作品を読んでみようと思ったのは、一ヶ月ほど前だったか、昔読んだアンドレ・ブルトンの「ナジャ」(稲田三吉訳、現代思潮社、1964年3月30日第3版)を再読したからだった。この本の巻末にはブルトンの年譜が付…詳細を見る -
ピリニャークの「機械と狼」
この作品は、一九一七年のロシア革命後、一九二二年辺りまでのモスクワに近いコロームナ周辺を中心にさまざまな人々が織りなすさまざまなエピソードを一個の運動体として展開し、一九二四年のレーニンの死がやって来る最中に終焉する…詳細を見る -
ベールイの「ペテルブルグ」
私がこの本に手を出した理由は、はなはだ単純なものだった。過日、私はトロツキーの「文学と革命」第Ⅰ部を読んだ時、彼がさまざまな作家を批判しているのを目にした。元来、私は他人を批判している人の意見だけではなく、批判されて…詳細を見る -
アンドレ・ブルトンの「ナジャ」再読
ずいぶん昔に読んだ本を、あらためて読み通してみたが、やはり、昔と変わらず、無知無学の私にはよくわからなかった。ただ、この本の著者がトロツキーに会ったのはアメリカに亡命した時ではなく、巻末の年譜によれば、一九三八年にメ…詳細を見る -
ブルトンの「シュルレアリスム宣言/溶ける魚」再々読
若い頃にこの本を図書館で借りて読んだ記憶があるが、今、思い出そうとしても、うすボンヤリして記憶に霞がかかっている。それから二十年余りたって、年齢でいえば四十三歳の時だが、おそらく梅田の旭屋か紀伊國屋だったろう、文庫本…詳細を見る -
「KAIGA」46号を再読する。
正確に言えば、私はこの詩誌が出た頃、四十二歳だった。この年齢帯前後で、私は金高義朗と深く付き合っていたのだった。いずれにしても、一切は消えてゆく。私が「神」より愛した女「えっちゃん」もとうに消えてしまった。死後に、せ…詳細を見る -
「KAIGA」45号を再読する。
私は金高義朗とよく飲み歩いたりした記憶があるが、最初にどこで出会ったのか、闇に沈んでいる。ただ、この詩誌にこう書いてあるのを三十年の歳月を経て、あらためて読んだ。 「九一年の初春、とある例会で、彗星の如く顕れ…詳細を見る










