カテゴリー:読書
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今村欣史の「完本コーヒーカップの耳」
確かに文章はいったいどこから出てくるのかわからない。頭から出てくる、そう言ってしまえばそうに違いないのだけれど、この本の文章は阪神沿線西宮駅近辺のとある喫茶店から出てきた。 「完本コーヒーカップの耳」 今村欣…詳細を見る -
「W・Sひょうご 20年のあゆみ」を読む。
ウカツだったとはいえ、私はいままでDVに関してほとんど無関心だった。そしておそらく私だけではなく、おおぜいの人々が、いまだ無関心ではなかろうか。各自、さまざまな事情によって。例えば、私たちは、「たち」とはつまり私と六…詳細を見る -
レーニンの「なにをなすべきか?」
私がこの本を手にしたのはもうずいぶん昔、まだ十代の青年だった。おそらく私の同時代人で若い頃に革命思想に興味を持った方なら、胸に手を当てて思い出して欲しい、あなたもきっとこの書を開いたはずだった。 「なにをなす…詳細を見る -
ヤン・ポトツキの「サラゴサ手稿」
或る奇書研究家からのご教示により、この方はフランスの奇書の翻訳も既に複数ものしているが、私はこの本を手にしたと告白しなければならない。そして一読、成程! 合点した。 「サラゴサ手稿」 ヤン・ポトツキ著 工藤幸…詳細を見る -
カール・マルクスの「フランス語版資本論」を読む。
思えば、私は二十三歳の時、「資本論全三巻」を必死で、正に文字通り必死になって、頭のデキが悪いクセにそれこそガマンにガマンを重ねてついに読了したのだった。厖大な本なので、より深く理解しようと宇野弘蔵の諸著作を前後して学…詳細を見る -
八原博通の「沖縄決戦」
厖大な悪夢を見ていた。そしてそれは悪夢ではなく、現実だった。より正確に表現するならば、現実が悪夢を超えて押し寄せてきた。 「沖縄決戦 高級参謀の手記」 八原博通著 中公文庫 2015年6月25日再版発行 …詳細を見る -
松岡祥男の「吉本隆明さんの笑顔」
この記録は、吉本隆明が書いた文章の熱心な一読者が、いつの間にか、読者でありながら、読者を超えて、吉本隆明を中心に据えたさまざまな交流や、あるいは、批判、反批判が入り乱れ、それらすべてがひとつになって一輪の花が咲くよう…詳細を見る -
松岡祥男の「ニャンニャン裏通り」
やっかいな本に手を出してしまった。何故やっかいかと言えば、著者が余りに博覧強記のため、この本に登場するさまざまな人々について私はほとんど無知であるばかりでなく、この社会や文化に対する著者の食いつき方の主体的な深さに、…詳細を見る -
「座」67号を読む。
この詩誌を読んでいて、まず気づくのは、登場する七人の詩人みんなに共通する言葉への姿勢、何の気負いもなく自然体でペンを進めていることだ。といって、自然体と言っても、さまざまな工夫をこらしているのは言うまでもないが。おそ…詳細を見る -
「オリオン」36号を読む。
昔、ちょっとお付き合いした、といっても大昔だった。私がまだ三十代だった頃に同じ詩のグループとして付き合った人たちが運営している詩誌なので、拝見した。これが縁というものか、楽しいひとときを過ごした。 「オリオン…詳細を見る










