カテゴリー:読書
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「吉田一穂全集」第二巻を読む
この本は、四篇に分けて構成されている。すなわち、「試論篇」、「随想篇」、「雑纂」、「草稿」。 定本「吉田一穂全集」第二巻 昭和57年12月20日発行 小澤書店 もう少し詳細に紹介すれば、「試論篇」は、…詳細を見る -
ショーロホフの「静かなドン」を読む
「これって、とんちゃん向きじゃないと思う」 もう四十年余り昔のこと、三十歳になったばかりのえっちゃん、これはボクのワイフの通称だが、ボクのような人間、つまり「とんちゃん」はこの本なんて読まなくっていい、そう言い切って、…詳細を見る -
「ヨブ記」、すべてを失った人の言葉。
昔から、神を信じたら幸福な生活を送ることが出来る、宗派は違っても、行き着くところそれに類する宗教が多々あるのではないか。この考え方からすれば、結局、神は人間を幸福にするために存在するのであって、よくよく胸に手を当てて…詳細を見る -
「吉田一穂全集」第一巻を読む
ボクは、この本を三十三歳の時に手にした。おそらくボクの十代から三十代半ばくらいまで、芥川賞や直木賞を競い合う小説世界の喧騒から遠く離れて、ひっそりこんな本を開くのが、芸術作品の近くに住んでいる、そんなふうに感じていた…詳細を見る -
宇野弘蔵の「価値論」、「価値論の研究」
もうずいぶん古い話だが、ボクは二十歳前後から二十代半ばまでの五、六年間、経済学の本をよく読んだ記憶がある。 経済学といっても、マルクスの「資本論」と、その理論を基礎にして厳密な社会科学としての経済学を構築した宇野弘蔵…詳細を見る -
滝沢克己の「『現代』への哲学的思惟」
この本の著者は、一九五八年に洗礼を受けキリスト教の信者になっているが、一九三三年、二四歳でドイツに留学し、ボン大学でカール・バルトに学んだことがその発端だ、そう言って決して過言ではないと思う。ただ、ドイツ留学へ出発す…詳細を見る -
星野元豊の「浄土の哲学」
今から四十三年昔、二十六歳の時に夢中になってむさぼり読んだこの本を、ボクはこの歳になってもう一度開き、最終行を見つめて、本を閉じた。懐かしくて胸が震えた。集中した読書をして重たくなったまぶたを休めるため、ベランダに立…詳細を見る -
ローザ・ルクセンブルクの手紙
きょうが最終回である。今まで、ローザ・ルクセンブルク選集全四巻、資本蓄積論全三冊を学んできた。芦屋芸術主催の「ローザ・ルクセンブルク読書会」第八回最終回の教材は、これである。 「ローザ・ルクセンブルクの手紙」…詳細を見る -
ローザ・ルクセンブルクの「資本蓄積論」第三篇
芦屋芸術の第七回「ローザ・ルクセンブルク読書会」は、マルクスが「資本論」第二巻で論及した社会的総資本の再生産表式に対して、特にその拡大再生産表式に対して、ローザ・ルクセンブルクが真正面から批判した論文を取り扱う。 …詳細を見る




