未明に声がした

 動いているのは確かだった。指先はすべて問題なかった。一応手足も眺めわたして、大丈夫だよ、Mは微笑んだ。鏡も笑った。よかったね。

 ふくらはぎも腰も震えてはいない。だが連日の猛暑の陽射しのせいだろうか、外部は真っ赤っか、だったが、内部は何だか煮えくり続けていた。黒いコールタール状で、どろどろ、ぬめぬめ、ぐっちゃりん、だった。

 Mは困惑した。こんな不具合な状態なら、唇の間から内部が噴き出してくるのでは。バスや電車の中だったら。どうする? 鏡はしかめっ面をして見せた。

 夜になった。それでもまだ生ぬるい空気が漂い続けていた。さよなら。Mは鏡に別れの言葉を投げかけ、右手を肩の辺りで左右に振った。早く帰って来てね。淋しいから。鏡の中に空虚と悲哀がやって来た。

 未明。Mはひとりで夜の灯りをぬって、さまよい続けた。あちらこちらからお酒が、ねえ、あなた、とささやきかけてきた。

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