ルカーチ著作集第二巻「小説の理論」

 この本をボクは十九歳の時に手にした。何故、手にしたか? この当時、マルクーゼも読んでいるから、所謂「フランクフルト学派」に興味を持っていたのか? 確かボクより三歳くらい年長で、フランクフルト学派を口にする男がいたが、この男、革命的なサークルに近づいて、ときにはアリストテレスがどうのと意味不明のおしゃべりをしながら、そのくせあちらこちらで女性に接近する趣味を満足させていた。あれからもう五十年近い歳月が流れたが、彼にはステキな青春の思い出になったことだろう。

 ルカーチ著作集2「小説の理論」 大久保健治、藤本淳雄、高本研一訳 白水社 1968年11月20日初版

 この本にはルカーチの三つの文学論が収録されている。「小説の理論」、「批判的リアリズムの現代における意義」、そして「ドン・キホーテ」。

 「小説の理論」の序文によれば、この作品は一九一五年に書かれ、一九一六年に「美学・一般芸術学」雑誌に発表され、一九二〇年にカッシーラ書店から出版されている。ちなみに、この書店から出版される二年前、一九一八年、三十三歳のルカーチは母国のハンガリー革命に参加。翌年、クン・ベーラの政権下で教育文化相を担当している。

 「批判的リアリズムの現代における意義」は、「まえがき」に「この試論は一九五五年に、ある講演の土台として成立したものである」(157頁)。その後、論文として著述するために一年前後、手を加えているのだろう。「まえがき」の末尾には、一九五七年四月と書かれている。周知の通り、一九五三年三月五日にソ連のスターリン死去。その年の三月十四日、フルシチョフが第一書記長に。一九五六年第二十回党大会でフルシチョフはスターリンの恐怖政治を批判。その年の十月にハンガリー動乱勃発。第二次世界大戦後、ハンガリーに帰国していたルカーチは、革命によって樹立されたナジ・イムレ政権に参加。十一月のソ連のハンガリー侵攻・弾圧の際、彼はルーマニアに亡命。時にルカーチ七十一歳。この論文はこの時期に書かれたもので、失礼な言い方だが、興味深い作品だといえる。カフカを代表とする前衛文学とトマス・マンを代表とする批判的リアリズム、ゴーリキーやショーロホフなどの社会主義リアリズム、これら三つの世界観とその小説における反映を詳細に分析しているが、まさかルカーチもソ連それ自体が崩壊する見とおしまでは想定していなかっただろう。なお、「ドン・キホーテ」はこの論文の末尾に一九五二年の作と記されている。

 この著作集第二巻に収録された「小説の理論」と「批判的リアリズムの現代における意義」の二つの文学論は、書かれた時期が四十年くらいも離れていて、その間、第二次世界大戦を挟む二十世紀最大の激動の時代に発表された作品であるばかりではなく、革命運動に主体的に参加した大哲学者の文学論として、「ドン・キホーテ」から始まった「神なき時代」の西欧の小説という大河の底流を、ボクは垣間見る思いがした。戦前と戦後の思想の落差が余りにも激しかった思想家がおおぜいいたため、戦後「転向論」が流行した日本の文化との違いも考える上で、ルカーチが愛した資本主義社会における「批判的リアリズム」は再検討に値すると思う。

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