法則と絶望

 突然フィルムが逆転したのか、床に粉みじんになって散らばっていたガラスの破片が、落下した時とは逆コースをたどって宙に浮かび、テーブルの上でもとのコップに復元されていた。

 ここで吉月君の制作した科学映画「反熱力学第二法則の物理」が終演した。

 熱力学第二法則についていまさら説明する要もない……室内が照明されると、吉月君は熱っぽく語り始めた……つまり、端的に言えば、すべての物体は無秩序へと移行する、とまあ規定できるのですけれど、たとえば……彼はまだ中学生のくせにタバコに火をつけ、気持ちよさそうにスパスパ吸い続け、恍惚として目を閉じて、ゆっくり唇から煙を吐き出しながら……このタバコの形状をご覧ください。もちろん形あるものは一定の秩序に組み立てられているにもかかわらず、ホラ! こんな具合に時間の経過とともに室内に拡散して無秩序化してしまう、これが熱力学第二……もう一度彼はタバコを深く吸い込んで、天井に向かってフウッと長いらせん状の煙を吐き出し、人差指を突き立ててそれを指し示して……そうです、第二法則です。

 煙⇨拡散

 コップ⇨破砕

 これです。すべての物体は例外なくバラバラに拡散し崩壊します。しかし、私はこの科学映画「反熱力学第二法則の物理」では上記の図式が逆転した場所、いわゆる特異領域を映像化したいと意図したのでした。……「これです、これです」、彼はそう連呼しながら、黒板に白墨で書き続けた。

 拡散⇨煙

 破砕⇨コップ

「吉月は、やっぱり天才やなあ」、ぼくらは嘆息を漏らし、床の上で粉みじんになったガラス破片を絶望的な笑いをにじませて、セメダインでくっつけ始 めた。

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