東川絹子詩集「ぼくの楽園」を読む

 まず、この本の表紙をじっと見ていただきたい。宇宙全体を一枚の白紙に表現せんとした抽象画だ、誰の脳裏にもそんな認識が浮かぶだろう。この表紙絵の作者は東川楓となっている。私は直接著者から私信をいただいているが、そして、バラしていいのかどうか、トテモ迷うところだが、思い切ってバラしてしまおう。きっとこの著者なら私の顔をにらみつけはしても、手まで出さないと思うから。宇宙を純化せんとしたこの抽象画は、著者の五歳になる孫が描いたものだった。

 「ぼくの楽園」 東川絹子著 編集工房ノア 2020年9月4日発行

 つい、前置が長くなってしまった。だけどこの絵に言及することは上掲の詩集を理解する上で、極めて大切なことだ、私はそう思っている。というのも、もうすっかり汚れちまったこの世を著者特有のイロニーの眼で観察し、からかってみたり、ちょっと否定してみたり、辛口の批評を詩に変換したり、時にはブラックユーモアを飛ばしてみたり……辛辣でありながら、それでいて何故か優しい、本書の第一行目からどんどん詩行を読みすすむうちに、読者はいつしか思い至るであろう。これらの詩篇を底から支えているのは、表紙絵と同じ、純粋無垢な「地球上にたった一人残された」子供だ、と。(本書34頁)

 逆立ちができない子は運動場からも追い出される

 倒れたら ぼくが前後左右の誰かを押し倒すから

 懸命に両腕で突っ張る

 夕日が赤々と顔を照らし

 ぼくたちは逆立ちを続ける(「ぼくの終戦」第二連。本書8~9頁)

 汚れちまったこの世の果てに、ずっと逆立ちを続けて、やがて純粋無垢なる子供世界がやって来るとでも言うのだろうか。著者固有の苦難の歳月の下で、いつの間にか笑いながら真実を語る術を心得たのだろう。

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