「娘たちの学校」を読む。

 もうずいぶん昔の話になるが、この本をざっと読んだ記憶がある。だが中身はすっかり忘れている。何故か、もう一度読んでみようと思った。

 「娘たちの学校」 M・ミオ―&J・ランジュ著 菅原孝雄訳 ペヨトル工房 1988年5月29日発行

 この本は1655年の春、フランスで発行され焚書処分にされている。後世に数冊だけ残された猥褻文書だった。この度思うところがあって、再読した。

 わかりやすい内容なので読めばわかる。わざわざ私が解説するまでもない。書名になっている「娘たちの学校」だった。まだ処女の女性に対する性愛の教則本だと言っていいと思う。主に若い男女の性交の姿・形を微に入り細をうがち描いている。どうすればもっともスバラシイ快感へ到達するか、言葉を換えれば、どうすれば若い二人がたがいの愛を成就することが出来るのか、その教則本だった。もちろん、若い二人だけではなく、人妻などにも言及している。愛は決して観念ではなく、愛しあった二人が肉体を合一させる行為によって成就する、これが著者の心の根本に座っている考え方だった。

 生命はもともと一体だった。それが分裂して男と女の二体になった。この二体はもう一度彼等の源泉、一体へ帰ろうとする。合一した時、無上の愛と快感がやって来る。著者はこの本の最後に至ってそのように結論している。

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