カテゴリー:山下徹のブログ
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「別冊關學文藝 第六十九号」が届きました。
きょう、この文芸誌が届きました。 「別冊關學文藝 第六十九号」 編集人/浅田厚美 発行人/伊奈忠彦 2024年11月10日発行 これからゆっくり読ませていただきます。ちなみに、今号には、私は<「彼」と…詳細を見る -
アントナン・アルトーの「神の裁きと訣別するため」を読む。
神は黴菌だ、罵倒した男がいる。この男は一八九六年に生まれ、一九四八年にこの世を去っている。つまり、ヨーロッパの悲劇、というより今のところ人類最大のと言っていいが、第一次世界大戦と第二次世界大戦の闇の中を通り過ぎてすべ…詳細を見る -
亀と彼岸花、そして桔梗。
土曜日は雨、日曜日は晴れていて芦屋浜の清掃作業。その後、芦屋ビーチクラブの有志と浜で茶話会? お昼まで。 だから、きょう、月曜日の休日の朝八時四十分、亀の池の掃除。昼はまだ暑いくらいだが、朝夕は上掛けでも羽織…詳細を見る -
「バタイユ作品集」を読む。
先日この著者の作品「眼球譚(初稿)」を読んだ。またその感想文をブログに書いた。今回は同じ著者のこんな本を読んだ。 「バタイユ作品集」 G・バタイユ著 生田耕作訳 角川文庫 昭和51年8月30日三版発行 …詳細を見る -
芦屋ビーチクラブ その50
きのうの豪雨が嘘のよう。本日、日曜日は晴れ。いつものように朝八時ごろ、芦屋浜へ足を運んだ。ビーチの清掃のため。 特筆すべきことが一つ。作業終了後、九時過ぎから有志だけで、浜に座っておしゃべりしながら、遊んだ。…詳細を見る -
バタイユの「眼球譚」(初稿)を読む。
誰にでも妄想している時間があるのではなかろうか。そして、それぞれの個人独自の妄想と現実の裂け目の狭い道を歩いていく、あるいは走る、時に疾駆する、立ち止まる、それがそれぞれの個人独自の人生という特異な現象の外観ではなか…詳細を見る -
アポリネールの「若きドン・ジュアンの冒険」を読む。
先日読んだ「一万一千本の鞭」に引き続き、同じ作家のこんな小説を読んだ。おそらく大方の日本で詩作している人には、こんないかがわしい作品は書けないだろう、またあまり読みたくもない。少なくとも私はそう思っているのだが。 …詳細を見る -
芦屋ビーチクラブ その49
昨夜は友達と三人で飲んだり食べたり唄ったりして、気が付いたら、きょうの零時半ごろ帰宅していた。 日曜日は、芦屋浜の清掃作業の日。 家事のため少し遅れて、浜に着いたのは八時を過ぎてしまった。 九…詳細を見る -
アポリネールの「一万一千本の鞭」を読む。
私は過日、ある詩人から私が詩に挿絵を描いて一篇の作品にしている姿勢を批判された。詩は言葉だけで成立するのだと。私は即座に反論したが、それはさておき、おそらく日本の現在の詩の書き手の多くはそういった考え方をしているので…詳細を見る